1 仮差押えとは
ある権利を法的強制力により実現するためには、一般的な流れとして、訴訟提起→債務名義の獲得→強制執行という手続きを行うこととなります。
債務名義とは、支払を命じる判決書など強制執行の基礎となる文書のことであり、強制執行を行うことができる効力が法的に認められています。
強制執行は、この債務名義がなければ手続きを開始することができません。
ところで、事案により左右されますが、この債務名義の獲得には多大な費用と時間を要することがあります。
1年以上の期間を要する場合もあり、この間、義務を負っている者が預貯金や不動産といった財産を隠匿する可能性があります。
また、給料の差押えを考えていたとしても、債務名義を獲得するまでの間に義務を負っている者が退職し、再就職先が分からなくなるかもしれません。
このような事態になると、せっかく債務名義を獲得したとしても、強制執行が空振りとなって権利の実現を図ることができなくなるおそれがあります。
そこで、仮差押えをはじめとした保全処分の制度が存在し、義務を負っている者が財産を散逸等させないように、財産の現状維持を図る手段が法律的に認められています。
保全処分については、民事保全法という法律により規定されています。
保全処分は、仮差押え、係争物に関する仮処分と仮の地位を定める仮処分に分かれます。
仮差押えは、権利者の主張する権利が慰謝料や貸金債権といった金銭債権である場合に用いられる保全処分となります。
不倫・浮気の慰謝料請求は金銭債権に基づくため、仮差押えの利用を検討することになります。
2 仮差押えの管轄裁判所
それでは、仮差押えはどこの裁判所に申立てをすればよいのでしょうか?
これが裁判所の管轄の問題となります。
不倫・浮気による慰謝料請求は、不法行為に基づく損害賠償請求訴訟ということになりますが、原則的には民事訴訟によって解決することになります。
そして、不倫・浮気による慰謝料請求のみを民事訴訟で行う場合には、本案(当該民事訴訟)の管轄裁判所または仮に差し押さえるべき物もしくは係争物の所在地を管轄する地方裁判所が、仮差押えの手続きを管轄することになります(民事保全法12条第1項)。
たとえば、不倫・浮気の相手のみに慰謝料請求を行い、配偶者には離婚や慰謝料を求めない場合には、この民事保全法の規律により、本案となる損害賠償請求訴訟を管轄する裁判所に仮差押えの申立てをするのが通常です。
一方で、離婚といった人事訴訟について規律する人事訴訟法は、次のように規定しています。
・人事訴訟に係る請求と当該請求の原因である事実によって生じた損害の賠償に関する請求とは、民事訴訟法第136条の規定にかかわらず、一の訴えですることができる(人事訴訟法第17条第1項前段)。
・人事訴訟を本案とする保全命令事件は、民事保全法第12条第1項の規定にかかわらず、本案の管轄裁判所または仮に差し押さえるべき物もしくは係争物の所在地を管轄する家庭裁判所が管轄し(人事訴訟法第30条第1項)、人事訴訟に係る請求と当該請求の原因である事実によって生じた損害の賠償に関する請求とを一の訴えですることができる場合には、当該損害の賠償に関する請求に係る保全命令の申立ては、仮に差し押さえるべき物または係争物の所在地を管轄する家庭裁判所にもすることができる(人事訴訟法第30条第2項)。
とされています。
これは、たとえば配偶者に対し離婚訴訟を提起する場合、その配偶者との離婚原因が不倫・浮気を理由とするものであり、配偶者には離婚とともに慰謝料を請求し、さらに、不倫・浮気相手に対しても慰謝料請求をする場合に、後者の慰謝料請求を離婚訴訟においても同時に裁判を進めることを認め、不倫・浮気相手に対する保全事件についても離婚訴訟を提起した家庭裁判所に対する申立てを認めた規定となります。
前述したように、本来、不倫・浮気の慰謝料請求は民事訴訟によって解決されるべき問題であり、その保全事件も基本的に本案(当該民事訴訟)を扱う地方裁判所ないし簡易裁判所が管轄することになります。
しかし、不倫・浮気を理由として離婚をする場合、配偶者と不倫・浮気相手に対する慰謝料請求の問題は、扱う内容がほとんど共通しており、家庭裁判所と地方裁判所のそれぞれに対し訴えを起こすことは、訴えを起こす側と裁判所の両者にとって負担が大きいものとなります。
そこで上記の人事訴訟法の規定は、配偶者との離婚と不倫・浮気相手に対する慰謝料請求を家庭裁判所で扱うことを例外的に認め、さらに保全事件についても家庭裁判所への申立てを認め、離婚と不倫・浮気による紛争を一挙に解決することを目指した規定となります。
まとめると、原則的には地方裁判所ないし簡易裁判所の管轄となりますが、配偶者に対し離婚と慰謝料を同時に求める場合、不倫・浮気による慰謝料請求の保全事件を家庭裁判所にも申し立てることができるということになります。
離婚と並行して家庭裁判所に対する仮差押えの申立てができる、この点がポイントです。
3 仮差押えの要件
次に、仮差押えの要件についてみていきます。
仮差押えは、被保全権利と保全の必要性が疎明された場合に認められます。
まず、疎明とは、裁判官に一応確からしいとの心証を抱かせることを指し、即時に取り調べることができる証拠によって行わなければなりません(民事訴訟法第188条)。
つまり、書面や当事者の供述といったその場で証明できる証拠によって、裁判官に確かにそのような権利があると一応の水準で考えさせる必要があるということになります。
疎明は、被保全権利と保全の必要性という法律上の要件のもとで行うことになります。
被保全権利とは、ここでは不倫・浮気による損害賠償請求権のことになりますが、不倫・浮気を疑わせるメッセージのやりとりや、不倫・浮気相手とホテルに入っていくところの写真、ホテルの領収書といった書面、当事者の供述を記載した書面といった証拠によって疎明を行うことになります。
次に、保全の必要性は、強制執行をすることができなくなるおそれがあるとき、または強制執行をするのに著しい困難を生じるおそれがあるとき(民事保全法第20条第1項)というのが法律上の要件となります。
つまり、義務を負っている者が預貯金を現金化して消費したり、所有している不動産や高価な動産類を第三者に売却し対抗要件(法律上、権利を他の人に主張するために必要な要件のこと)を備えたりしてしまう可能性があること等をいいます。
この保全の必要性は、義務を負っている者が所有する財産の種類や生活に与える打撃を考慮して判断されます。
不動産と預貯金がある場合、預貯金を仮差押えされると当座の生活資金さえ引き出せなくなって生活に与える打撃が大きいため、不動産が仮差押えの対象とされるといった考慮がされます。
また、義務を負っている者の勤務先に対し給料債権や退職金債権の仮差押えをすることも考えられます。
もっとも、このような給料債権や退職金債権について、仮差押えが認められてその執行がされると勤務先にその旨が知らされることになるため、義務を負っている者がそれを口実にリストラを迫られたり、職場において事実上不利益に取り扱われたりといった、様々な不利益を被る可能性があります。
そのため、給料債権や退職金債権の仮差押えを行う場合には、債務名義を得るまでに退職するおそれがあることの疎明が必要となり、保全の必要性が厳格に判断されることになります。
なお、職場に仮差押えの通知を送らせることにより、義務を負っている者に対し事実上の制裁を加えることを目的とする方もいるようですが、弁護士の立場からするとそのような行為は倫理上の問題があり、名誉棄損による慰謝料の発生といった新たな問題が生じるおそれがあります。
このように、不倫・浮気の慰謝料請求の場合において、義務を負っている者が財産散逸の具体的なおそれを有していることの疎明はハードルが高いものと考えられ、権利を仮に保全することの重要性と仮差押えが認められた場合に生活に与える打撃の大きさとの比較考量から、保全の必要性の疎明は厳格な判断となるものと思われます。
総じて、不倫・浮気の慰謝料請求における仮差押えの要件が認められることは、非常にまれなものといえます。
4 担保金
仮差押えには、担保金の納付を求められることが通常です。
担保金は、基本的には仮差押えの目的物を価格として決められます。
不動産であれば固定資産税評価額が一応の基準となり、評価額の5%~30%がおおよその相場です。
担保金は、仮差押えによって義務を負っている者が被る損害を補う趣旨で納付を求められますが、前述したように、たとえば給料や退職金を仮差押えする場合には、勤務先に不貞の事実を知られるリスクがあるため、この点のリスクを加味した金額が設定されます。
そのため担保金が非常に高額となる可能性もあります。
担保金を納付できなければ、仮差押えを実行することはできません。
つまり、被保全債権と保全の必要性を疎明することに加え、担保金の納付によってはじめて仮差押えを実行することができます。
5 結論
以上のとおり、不倫・浮気の慰謝料請求における仮差押えでは、それが認められる法律上の要件や担保金の準備といった点において、非常に高いハードルが求められることになります。
弁護士としての実務的な観点からは、仮差押えの申立てを行うのに適した事案は非常にまれであると考えられます。